お兄様から頂いた本を読んで……
2026.08.07 21:21
「あえか」という言葉を知りました。
今にも消えてしまいそうなさま。
もともとは「こぼれ落ちる」「崩れ落ちる」
という意味を持つ古い言葉から
生まれたともいわれています。
危うく、頼りない。
だからこそ、目を離せない。
時代とともにその意味は少しずつ変わり、
今では、儚く繊細で、美しいものを表す
ここからは、私なりの解釈です。
永遠ではないこと。
変わらずにはいられないこと。
人は、そんな移ろいゆくものに価値を感じ、
美しいと思ったから、
この言葉を残したのではないでしょうか。
永遠の命があったとして、
本当にそれを魅力的だと思えるでしょうか。
何も変わらず、何も失わず、
明日も明後日も同じものがそこにある。
最初は幸せでも、いつしか慣れて、
ルナの嫌いな
「当たり前」
になってしまう気がします。
例えば、いつも行くお店にずっといる人。
特別仲が良かったわけでもない。
名前さえ、きちんと知らなかったかもしれない。
それなのに、ある日突然いなくなると、
「あの人、辞めちゃったんだ」
「今は何をしているんだろう」
と、少しだけ寂しくなる。
いなくなって初めて、その人がいた
景色ごと好きだったことに気づくのです。
命には限りがあります。
この部屋で、私とお兄さんが会える時間にも、
きっと限りがあります。
私が永遠にここにいて、
いつでも必ず会える存在だったなら、
「また今度でいいか」
「いつでも会えるから」
と思われてしまうのかもしれません。
これは、辞めるというお話ではありません。
ただ、会えなくなる日は、
いつかきっとやってきます。
人生は思っているより簡単に変わるし、
今日と同じ明日が来る保証なんて、
どこにもないから。
だから、いるうちに大切にしてほしい。
今、会えるうちに。
触れられるうちに。
言葉を交わせるうちに。
私も同じです。
いつか来なくなってしまうお兄さんも、
もう二度と会えなくなるお兄さんもいるでしょう。
だから私も、
会いに来てくれることを当たり前にせず、
一つひとつの時間を大切にしたいと思います。
変わり、移ろい、失われていくことは、
とても寂しいことです。
でも、寂しいからこそ価値がある。
終わらないものではなく、
終わりがあるものだから愛おしい。
ルナもお兄様も、きっと
「あえか」
なのでしょう。
危うくて、頼りなくて、
いつ終わるか分からない。
いいえ、命がある以上、終わりは
だからこそ、その瞬間を。
二度と戻らない刹那を。
危なげでありながら、
確かに美しいと思える日々を、
一緒に過ごしていきましょう。




